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疾患解説

抗リン脂質抗体症候群 (Antiphospholipid syndrome, APS)

1.概念および疫学

抗リン脂質抗体症候群(APS)は、抗リン脂質抗体(aPL)を有し、動静脈血栓症、血小板減少症、習慣流産といった臨床症状を呈する症候群である。ほかの血栓性素因と比べて、動脈系血栓をきたすことが特徴的である。抗リン脂質抗体は膠原病や自己免疫疾患以外にも、悪性腫瘍や感染症(梅毒、肝炎、伝染性単核症など)、薬剤(クロルプロマジン、プロカインアミド、ヒドララジンなど)、血液疾患などで非特異的に陽性となることがある。APSで病的意義のある自己抗体はカルジオリピンのようなリン脂質に対する非特異的な抗体ではなく、リン脂質に結合するβ2GPIのような糖蛋白に対する抗体と考えられている。抗体は病態に関与していると考えられており、病変部では抗リン脂質抗体によって活性化された血管内皮細胞、単球、血小板、補体が血栓形成に関与していると考えられている。 
APSは下記のように分類される。

本邦での疫学調査はない。Euro- Phospholipid projectでは、男女比 1:5、発症年齢は平均30歳代だが、小児から中高年まで幅広い。原発性APSが約半数。SLE患者の約40%で抗リン脂質抗体陽性で(J Autoimmun 15:145, 2000)、実際に血栓症が起きるのは40%未満だが(Arthritis Rheum 2009;16:29)、重要な予後規定因子となりうる。APSは習慣性流産の原因の約10%。劇症型APSは0.8%。

2.臨床症状

1)血栓症
動脈、静脈、毛細管のどのサイズの血管にも血栓が起きうる。
<静脈系>
血栓性静脈炎、網状皮斑、下腿潰瘍、網膜静脈血栓症、肺梗塞・塞栓症、血栓性肺高血圧症、Budd-Chiari症候群、など。
<動脈系>
皮膚潰瘍、四肢壊疸、網膜動脈血栓症、一過性脳虚血発作、脳梗塞、狭心症、心筋梗塞、疣贅性心内膜炎、弁膜機能不全、腎梗塞、腎微小血栓、肝梗塞、腸梗塞、無菌性骨壊死など。
血栓性微小血管障害(Thrombotic microangiopathy:TMA);microangiopathic APS (MAPS)という概念もある。
2)習慣流産、自然流産、子宮内胎児死亡
3)血小板減少症
4)活動期には補体低下を認めることがある
5)その他: 以下のような症状が合併することがある
Evans症候群、頭痛、舞踏病、血管炎様皮疹、アジソン病、虚血性視神経症など。
脳静脈洞血栓症、脊髄症、てんかん など

*APS諸症状の頻度(Arthritia Rheum 2002;46:1019)

頻度>20%
深部静脈血栓症、頭痛、脳血管障害、網状皮斑、血小板減少、流産/死産、関節痛
頻度>10%
肺塞栓、心臓弁膜症、虚血性心疾患、溶血性貧血、子癇前症/子癇、早産

3.検査

1)抗リン脂質抗体
抗リン脂質抗体は、リン脂質と、リン脂質に集合して血液凝固に関与、調節するさまざまな蛋白に対する抗体を総称したものであり、β2GPIのようなリン脂質結合蛋白を対応抗原とする特異性の高いものから、リン脂質を認識するような病的意義の低いものまで様々なものがある。
検出方法には 1)凝固異常から証明するもの、2)抗体を検出するもの がある。

A.ループスアンチコアグラント(LAC)

プロトロンビンなどの蛋白を抗原とする抗体群であり、臨床的にもAPSの血栓症と関連していると考えられる。血液凝固検査ではin vivoとは逆に血液凝固過程に必要なリン脂質を阻害するため、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、カオリン凝固時間、希釈ラッセル蛇毒凝固時間などのリン脂質依存性凝固時間を延長させる。これらの凝固時間の延長によって抗リン脂質抗体の存在を間接的に検出している。希釈ラッセル蛇毒時間を例にとると、クエン酸血漿と第1試薬を混合すると,試薬中の蛇毒によって血漿中の第Ⅹ因子が活性化し,凝固が開始する.血漿中にループスアンチコアグラントが存在する場合には,凝固に必要なリン脂質がループスアンチコアグラントによって消費され,凝固時間が正常に比べ延長する.また,クエン酸血漿と第2試薬を混合すると,試薬中にある過剰のリン脂質によってループスアンチコアグラントが吸収され凝固時間が補正される.この2つの試薬による凝固時間の比によりループスアンチコアグラントを検出する.1.3倍をカットオフとしている。
LACの対応抗原がプロトロンビンや、プロトロンビンとホスファチジルセリン複合体である可能性が示唆されており、ともにAPSの臨床症状との関連が示されている。

B.抗カルジオリピン抗体(aCL), 抗カルジオリピンβ2GPI抗体(aCL-β2GPI)

従来よりカルジオリピンを使った免疫学的検査により検出してきた抗体だが、APSでの対応抗原はカルジオリピンそのものではなくカルジオリピンなどの陰性荷電を有するリン脂質に結合して構造変化したβ2GPIであることがわかっている(β2GPI依存性)。β2GPIは細胞膜を構成する陰性荷電を有するリン脂質に結合し、凝固反応や血小板凝集を抑制的に制御している。抗β2GPI抗体はリン脂質との相互作用により露出したβ2GPIの抗原決定基を認識する抗体である。aCL-β2GPIはAPSにおいて最も特異性の高い抗体の一つであり、病態に深く関与していることが推測される。
認められるaCLの免疫グロブリンクラスはIgG、IgM、IgAであるが、臨床症状と相関するのは多くはIgGである。ELlSA法で測定される。aCLとLACは必ずしも同一患者血清中に両者が検出されるわけではない。一般にLAC陽性患者の50〜60%はaCLを有する。

C.梅毒血清反応の生物学的偽陽性

梅毒血清反応では、抗原としてカルジオリピンとホスファチジルコリンが使用されており、したがって陽性とはこれらに対する抗体の存在を示している。

4.診断

2006年に改訂された分類基準が用いられる。確定診断には抗リン脂質抗体の証明と臨床症状(習慣性流産または血栓症)の両方が必要となる。しかし分類基準に挙げられている抗リン脂質抗体検出法ではAPSの病因となる抗体の全てを網羅できていないと思われるため、APSに矛盾しない臨床症状があり、分類基準で取り上げていない抗体(抗プロトロンビン抗体など)が検出された場合もAPSに準じた病態として対応している。

抗リン脂質抗体症候群の改訂分類基準(2006) Sapporo criteriaのSydney改訂(J Thromb Haemost 2006;4:295)

臨床基準

1.血栓症
動脈、静脈または小血管の血栓が何れかの組織または臓器に1回以上認められる。表在静脈の血栓症は除く。血栓は画像診断や病理組織学的検査により客観的に証明される。病理組織学的に血管壁の炎症所見を認めない。
2.妊娠異常
(a)1回以上の、超音波検査または直接診察した結果で形態学的に正常な胎児の、妊娠10週以降の原因不明な死亡。
(b)1回以上の、子癇、重度の妊娠高血圧腎症または胎盤機能不全による妊娠34週未満の形態学的に正常な新生児の早産。
(c)3回以上連続する、妊娠10週未満の原因不明の自然流産。母体の解剖学的異常またはホルモン異常、父母の染色体異常を除外する。

検査基準

  1. 血漿のループスアンチコアグラントが国際血栓止血学会(International Society on Thrombosis and Haemostasis, Scientific Subcommittee on Lupus Anticoagrants / Phospholipid-dependent Antibodies)のガイドラインに従って、12週間以上の間隔で2回以上検出される。
  2. 中・高力価のIgGまたはIgM 抗カルジオリピン抗体が標準化された固相酵素免疫測定法(enzyme-linked immunosorbent assay; ELISA)で12週間以上の間隔で2回以上検出される(>40GPL or MPL, or > the 99th percentile)。
  3. IgGまたはIgM 抗β2GPI抗体が標準化されたELISA法により99th percentile以上の力価で12週間以上の間隔で2回以上検出される。

 臨床基準の1項目以上と検査基準の1項目以上を満たすときに診断される。

5.治療

APSの血栓症は他の原因による血栓症と同様の治療が行われる。血栓の再発を予防するためには抗凝固療法、抗血小板療法の継続が必要である。

1)一次予防

抗リン脂質抗体が検出されただけでは前述の診断基準における確定診断にならず、血栓症の既往がなければ経過観察で良いが、LAC陽性あるいはaCLIgGまたはaCLβ2GPI抗体高力価の場合で、妊娠中、SLE、APSに合致する血小板減少・皮膚症状、等のケースでは、アスピリンアレルギーのない限り、低用量アスピリンを投与することが推奨される。

2)血栓症

A. ヘパリン;急性期血栓症に対して投与される。ワーファリン導入後PT-INRが治療域に達したらヘパリン終了。

B. ワーファリン;ヘパリン投与中に速やかに導入し、血栓再発を予防する。PT-INR 2-3程度でコントロールするが、高齢者に対しては、出血リスクを考慮してPT-INR 1.6-2.5程度にすることがある。

抗血小板薬

C. 動脈血栓症に対しては低用量アスピリンや、塩酸チクロピジン、ジピリダモールなどの抗血小板剤が併用されることもある。静脈血栓症、動脈血栓症の併発や再発性の血栓症の場合などではワーファリンとアスピリンの併用が行われる。

D. ヒドロキシクロロキン(HCQ, プラケニル®)はSLEにおいて血栓性イベント抑制の可能性が示唆されており、併用することがある(Autoimmun Rev. 2014;13:685–9. Ann Rheum Dis.2009;68:238-41. Arthritis Rheum. 2010;62:863-8)。

E. DOAC: APSに対するXa因子阻害薬などのDOACの有効性は確立していない。ワーファリン投与困難例にやむおえず選択されることはある。

3)劇症型APS

ヘパリン、ステロイド剤に加え、病態に応じ血漿交換療法やガンマグロブリン療法や免疫抑制剤による治療が併用されるが、致死率が50%程度と予後不良な病態である。

4)妊娠合併症や血栓症の既往のある妊娠

低用量アスピリンは有用であり基本的に投与されるが、アスピリンが無効な場合や血栓症の既往がある場合にはヘパリンや低分子ヘパリンが併用される。ワーファリンは催奇形性が知られているため使用しない。APS合併妊娠の場合、習慣性流産の既往があっても治療を行うことで出生率が70〜80%まで改善する。早産の危険性はあるが、新生児の健康状態や成長の過程には特別な障害はない。

平成 30年 5月

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